救命講習

AEDは色んなところで見かけるけれど、どのような場合に使うものなのか、そもそも使い方が分からないけど、いざという時どうする?と、気になりながらもやり過ごしていた思いを、この度解決してきました!

消防署がやっている講習会で、人形を使って胸骨圧迫とAEDを使った心肺蘇生法の実技訓練を受けてきました。身体に覚えて帰ってくださいという目的の通り、とにかく何度も繰り返しました。それでもやっぱり現場に遭遇した際には迷いが出ると思いますが、、この知識が必要にならない毎日を願いつつ、もしもの時には一歩前に出れる自分でありたいと思います。

動画でも学べることはあるけれど、実践して溜まっていた疑問を解消できたことが、いざという時の勇気に繋がる気がします!

【成人の救命手順】

自分の安全を確認→意識確認→意識が無ければ周囲に119&意識無しの伝達、AEDを持ってきてもらう(一人称で依頼)→呼吸確認→呼吸が無ければ胸骨圧迫(反応あればストップ)→AED装着→AEDの指示に従う(電流+胸骨圧迫)

  • 救急車が来るまでの平均時間は10分強。この間、胸骨圧迫をし続けることを考えると、できる人が複数人いることが理想
  • 胸骨圧迫は、胸部が5cm沈む必要がある。スピードは速すぎても遅すぎても効果薄
  • 流血していても、意識+呼吸が無ければ、基本的に胸骨圧迫+AEDを実施(AEDを貼る場所は水気を拭き、できる限り綺麗にする)
  • AEDを貼る位置は、心臓を挟めば、AEDの指示通りではなくてもOK。貼り直さない
  • 心臓突然死は毎年6万人。AEDで助かる命があるかもしれない
  • 自分1人しか周りにいない場合、AEDの場所が近くて分かっているのであればAEDを取ってくる。それ以外は胸骨圧迫を優先する
  • AEDは蓋を開けると、音声録音機能が作動。現場の声を記録する
  • 故意や重過失を除き、民法698条で救命手当の違法性を問われることはないので、勇気を持って行動するのみ

※感染症対策により、人工呼吸は含まず。成人は人工呼吸無しでも効果が期待できるとされているとのこと

2024年→2025年

やりたいことはどんどんやると決めた2024年。スキー、サーカス、グアム、那須、田植え、カンドゥ、沖縄、ホストファミリーと、色んな機会にデビューしました。

そして、そのフィナーレを飾ったのは、、、TEXAS!!!

やりたいことリストには未だ数個残っていますが、相当数をカバーできました。

2025年をテキサスで迎えるという予定外だったけれど素敵な年の始まりを経て、さて今年は何をしようかな。

悲しいこともあるかもしれないけれど、だからこそ楽しいことができることに感謝しながら、やりたいことには極力ブレーキを掛けずに今年も進んでいけたら良いなと思います。

2025年もみんなが元気で笑顔がいっぱいの一年になりますように!

Pay It Forward

長年の願いの1つにホストファミリーになってみたいという想いがあり、とうとうその願いが叶いました!

1週間ちょっとの短期滞在ではありましたが、アメリカからやってきた高校3年生が家にやってきました。

約180cmの大柄な男の子だけど、中身は年齢相応で可愛くて、朝は起きられないし、些細なことでも緊張するし、暇があれば友達と一緒と繋がっていたい。日本の伝統文化への興味は薄く、でも漫画やポケモン、ゲーセンといった現代文化は大好き。ガチャを見たらやらずにはいられない!自分から話す感じではないので、私が一方的に質問攻めにしましたが、面倒くさがらずに答えてくれた辺りは大人でした。(携帯でチャットしながら、という点は現代っ子…笑)

食への拘りという点ではかなり際立っており、カレーライスもお好み焼きもイマイチで、一番好きだったのは唐揚げ。聞けば、色々混ざっている食べ物が苦手でハンバーガーもいつも(レタス、トマト、ピクルス等は全て抜いて)肉+チーズだけだそう。そんな彼が回転寿司で有頭エビの唐揚げを食べたのは奇跡でした!

行きたい場所や欲しいものが決まっていたので、家族として過ごす時間よりも、彼のリストを潰していくことを優先した結果、子ども達との触れ合いはやや薄めに。それでも毎朝起こす役は子ども達だったり、夕食にいないと「どこに行った?」と気にしたり、なんなら一緒にアメリカに行くと言い出したり、子どもにとっても一緒の時間は楽しかったようです。

たった9日間の経験がどれくらい&どのように彼の記憶に刻まれるのかは分かりませんが、願わくばふとした瞬間にでも「あんな人達いたなぁ」と笑顔で思い出してくれたら嬉しいなと思います。

私にとっては3x年前の自分の経験と重なるところも多く、当時のホストファミリーのありがたみを再自覚しながら、高校生との接点という貴重な機会を満喫。彼の秘めた性格を紐解くのが面白くて濃厚な経験でした。一歩踏み出してみて本当に良かった〜!

1世紀

祖母が亡くなりました。100歳と1ヶ月でした。老衰で最後は眠るように呼吸が弱くなっていったとのことで、正に天寿を全うしました。

女性にはまだ選挙権が無かった大正に生まれ、戦争から這い上がった昭和に結婚し育児に奮闘、孫が生まれ、バブル経済が崩壊した平成に夫に先立たれ、多様性が重んじられる令和に旅立ちました。そんな天と地がひっくり返るような変動を、柳のような柔軟性を持ちながらも、信念を持って常に凛とした生き方で過ごしてきた祖母でした。

100年も生きてくれたことには感謝と尊敬しかありませんが、見送る寂しさは年齢問わず、やはりあります。引戸の玄関、掘りごたつ、食器棚のおやつ、蝿帳、振り子時計、家族写真、仏壇といった懐かしい家屋を含め、子どもの頃から当たり前だった、遠方の祖父母という存在が遂に無くなってしまいました。これまでの存在に改めて感謝するとともに、この先は祖母の教えを尚更大事にしていこうと思います。

長い間、自分のことよりも家族を優先して見守ってくれてどうもありがとう。今頃はおじいちゃんとの再会を楽しんでいますように。

Hello 2024

珍しく年賀状も25日にポストに納めて、帰省も計画し、年末年始のご馳走も考えて、段取り良く迎える元旦だった筈が、なんと絶不調の年越し。恐らくは食べ過ぎからの胃腸炎→脱水症→頭痛、、でおせちもお餅も一口も食べられずの正月となりました。。自業自得と猛省中。

1年が過ぎるスピードが年々加速する中、2023年も猛スピードで駆け抜けて行きました。子ども達と笑顔で接することより怒っている方が多い毎日が嫌なのに変えられず悶々とする日々。データによると一生で母子が一緒にいられる時間の36%が5歳までで過ぎているんだとか。そんな大切な時間を怒ってばかりと思うと更に自己嫌悪。

2024年は笑顔で、、と言いたいですが、そう上手くは行かないので、せめて後悔しない怒り方を実践したいと思います。そもそも怒るを叱るに変えるところからかもしれません。まぁ子育てばかりでは無く、何かにつけて後からクヨクヨしがちな癖も改善したい!あとは、毎年言ってるけど体力アップだな。

初詣で子どもたちがおみくじを引いたら、小吉と末吉。社会情勢上も幸先良しとは言えないけれど、神社で平和の鐘を力いっぱい(アヒ太郎は何度も…)叩いたこともあり、早くそしてもっと平和が拡がってくれることを願います。

余談ですが、神社で交通整備をしていたお兄さんの「足もとすべっからね、お母さんば守ってやんだよ」という注意喚起が粋でしたー。

30 Years Old Dream

Wow, I still cannot believe it actually happened. My third host mother and father from Texas came to Japan. When I left their house in 1995, I still clearly remember that mom saying “I would like to visit Japan someday. It’s on the top of my list”. Almost 30 years since then, obviously she changed the order of the list, and she even confessed that she didn’t think this actually happens, but it DID happen! As I told them, I felt younger as back to teenager while talking with them, though we enjoyed our talk over a glass of wine this time. I am so grateful to everyone and everything which took me to Texas and gave me this precious relationship. Now they became not only my Mom&Dad but also Gramzie&Pappy for our kids. They may not come back to Japan considering their ages, but I am regained my confident that our relationship will last long.

Day 1: Pork cutlet dinner at Haneda Airport

Day 2: Sensoji, Asakusa, Sumo wrestling ring, Ryogoku, Soba noodle lunch, Ueno park, open-bus tour in Tokyo Central downtown, Yakitori dinner

Day 3: Yakiniku lunch, our house tour, drive to airport

Cherry Blossoms are blooming

2022 – Unpredictable Year

たくさんの別れがあった2022年。引越しでお別れした保育園の先生達、予兆なく退職した右腕の部下、そして何より母の旅立ちが最大の衝撃でした。時々アヒ太郎は「マッキーあんなに元気だったのにね。何で死んじゃったのかねぇ」と言います。推測はできても真因は分かりません。

もちろん良いこともありました。新居に両親を呼べたし、アヒ太郎&アヒ娘は新しい保育園や習い事で世界を確実に広げているし、マッキー以外は皆元気でコロナも落ち着き会う機会も増えたし、力不足の役割をカバーしてくれるボスも来たし、棚ボタでグローバル人材研修も行けたし。

人生のパズルピースが突如1つ欠けてしまった年でしたが、そんな中でも見ようと思えば幸せを見つけられると分かった年でもありました。なので、締めの言葉はやっぱり今年に対しても「ありがとうございました」です。来年も目の前にある幸せをしっかりと噛み締めて、感謝して生きていきたいと思います。

保育園の休暇前、「今日は帰る時に「良いお年を」って言うんだよ」と伝えたら、何がどう置き変わったのか「どういたしまして」と言って帰って来た2人。大晦日や元旦という言葉を覚えて彼らなりにワクワクしています。無限の発想の豊かさで、来年もたくさんの笑顔をくれることでしょう:)

Panda Bear at Adventure World Shirahama – such a fun trip especially after Covid-19

Farewell

母が他界しました。「子どもが18を過ぎたら母親業は卒業!」と思春期前の子に言い切り、自分がやりたいと思ったことには100%の努力を厭わない、恐らく一般的には少し変わった母でした。母を知る友人からも「おもしろいお母さんだよね」と言われ、そんな母を誇らしく思っていました。大学で私が一人暮らしを始めても「お米とか送料考えたらそっちでも買えるし要らないわよね」と物資の仕送り要求の隙はなく、就職先においても「働いて自立してくれればOK」と会社や仕事内容には無関心で極めて合理的でした。かと思えば、水炊きに出汁が必要なことを知らなかったり、桃の剥き方が独創的だったりと、とにかく我が道を行く母でした。「Green Thumbを持っているの」と得意げに話し、花を育てるのや裁縫や刺繍が好きで、ハウス名作劇場やビバヒルにハマる可愛い人でした。母親というよりも人生の楽しみ方という点で刺激を受けることが多かった気がします。晩年はあちこち痛みがあり、二人での旅行は一度きり。もっともっと…。コロナで失われた時間が悔しくて「たられば」の思いは尽きません。でも、いつも精一杯駆け抜けた母自身は、今きっと後悔は無いんだろうとも思います。享年74歳。いつの間にか背丈は私より小さくなっていたけれど、母の存在は永遠に偉大です。

母が保管していた本に『星の王子様』がありました。「ぼく、もう死んだようになるんだけどね、それ、ほんとじゃないんだ…」「それ、そこらにほうりだされた古いぬけがらとおんなじなんだ。かなしかないよ…」「だからね、かまわず、ぼくをひとりでいかせてね」- 目では見えなくなってしまったけれど、この先は心で繋がろうね。

Thank you, Mr. Owl

父の古い友人から手彫りのフクロウチャームを頂きました。
「長寿」を花言葉とする銀杏の木枝から出来た「知恵」の象徴とのことで、唯一無二の縁起物です。よく見ると、ピンクの方が女の子だからか、少し表情が優しげなような。名前入りでネームタグにもなります。
ピンク+キラキラが大好きのアヒ娘は、スワロスフキーが気になって仕方がありません。アヒ太郎は、絵本のふくろうさん(背景)と同じだ、と大興奮。
フクロウおじさん、素敵な贈り物をありがとうございました!

hand-carved charms

Thank you 2021

今年もいよいよ終わりです。
いやぁ、今年も早かった。一説によると1年が早いと感じるのは脳の刺激が減っているそうです。確かに本などを読んでも目が滑って、脳が新しいことを吸収していない自覚あり…。
今年も丸1年コロナ禍で行動が制限されましたが、ミーティングの合間に子どもをお風呂に入れるといった新たな生活様式が入手できたことはかなり貴重です。このまま「お帰りなさい」ができる生活を維持したいなぁと思いつつ、チーミングやコミュニケーションの課題が無い訳ではありません。
来年も既に色々ある予感がしますが、先ずは年賀状が出せなかった昨年末から比べれば、大分落ち着いた年末を迎えられたことに感謝して、来年も皆が元気で楽しく過ごせることを願うばかりです。

追)昨日のアヒ娘との会話。
ママ「お買い物に行こう」
娘「今日はお金持ちを買おうね」
ママ「???」
→ おかねもち≒かがみもちのことでした笑。

New Year 2022